私とジャニーズ
おはようございます。
こんなタイトルでブログを書いてみようと思います。
一番初めのブログにも書いておりましたが、
私には親族が多く、その大半が女でした。親族の集まりは、右を見ても左を見ても女。
そしてほぼ大半がジャニーズ追いかけてこられた先人たち。言わずもがな私もジャニーズを知ることになるのです。
幼稚園に通っていたころは両親からSMAPの曲を聞かせられ、青いイナズマがかかるとルンルンで「ゲッチュー」を叫ぶ幼稚園児となり、運動会ではV6のBelieve your smileで演目の一つをやった記憶があります。
小学校にあがり、私はいじめにあいました。
小学1年生から基本的には卒業まで、一番苦しかったのは1年生だったかな。
なんとか学校に行けるようになりましたが、なぜ小学校に6年も通わなければいけないのか、すごく苦痛で、早く中学校に行きたいと思っておりました。
そんな中、小学5年生の時に転校してきた友達と仲良くなり、その前から仲良くしていた友達とつるむようになりました。
劇的に仲良くなれたきっかけは、ジャニーズ。
タキツバ全盛期、KAT-TUNの台頭、彼らが私の苦痛だった小学生時代の光となり、友人を作るきっかけとなってくれました。
ようやく長く苦痛の6年間を終え、中学にあがると花男全盛期。新しくできた友達たちと廊下でLove so sweetを踊りまくって騒いで、楽しい日々を過ごすことができました。
中学時代も仲間内からはぶかれたり、それなりにいじめのようなことを受けてきましたが、ジャニーズの存在が心のよりどころになっていたようにも思えます。今となれば。
高校に進学し、仲良くなった友人もジャニオタでした。ジャニーズは本当にすごい、オタクはすごい、友達がすぐにできる。
そして運命の高校三年生。
私は通っていた高校の一教師の影響で、うつ病になりかけました。あの時の診断書、うつ病とは記載されなかったから、なりかけという表現を使います。
声が出なくなって、不登校になって、全てがつらくて。
そんな中、救ってくれたのはジャニオタ仲間でした。
Twitterで知り合った嵐オタの友人たち、顔も本名も年齢もまともに知らない友人たち。
画面の中でつながった友人たちの存在に救われ、なんとか生きて、大学へ行くことができました。
あの頃つながった人は、今はもうほとんどどこにいるのかわからないけれど。
今でもつながっている人たちは一緒に海外に旅行するほどの仲になりました。きっと一生の友になると思います。
私は不遇の学生生活を送ってきたおかげで、地元の友達が1人しかいません。
けど、ジャニーズ事務所のおかげで全国各地に友人ができました。
ジャニーさんが嵐というグループを作ってくれたから、たくさんの友人ができて。何度も死にたいと思ったけれど、自担が輝く姿が見たいと思って今まで生きてこれました。
ジャニーさん、あなたが作ったジャニーズ事務所のおかげで救われた命はたくさんあると思います。
あなたが見つけてくれたダイヤモンドの原石たちを、磨いて羽ばたかせてくれたから笑顔になれている人たちがたくさんいると思います。
正直これからのジャニーズ事務所には不安しかありません。本当に不安です。
けど、あなたが見つけてくれたタレントたちはきっとあなたの意志を継いで、これからも輝いていくはずです。
Show Must Go On
未来のスターたちが、幸せでいられますように。
ジャニーさんありがとうございました。